2017翻訳祭(3)わがままな翻訳者

第4セッションは出版翻訳入門 ~産業翻訳からのアプローチ~。『スティーヴ・ジョブズ』をはじめとするジョブズ関連書籍やビジネス書の訳者であり、産業翻訳者としても活躍されておられる井口耕二さんに、個人翻訳者の松丸さとみさんがお話を聞くという、徹子の部屋形式のセッションです。

会社員時代、外部に発注した翻訳の出来が悪いとクレームしたところ、翻訳会社の営業担当者から「では、ご自分がなさったら?」と返されたのが翻訳をはじめるきっかけだった井口さん。二足のわらじを経て、ご家庭の事情により退職し、フリーとして独立されました。書籍はそのころから依頼があり、本格的に乗り出したのは、ジョブズの非公式伝記の翻訳からだとか。書籍を訳しながら実務翻訳のオファーも受けるという生活をつい最近まで続けつつ、実務翻訳のウエイトを減らし、今年ようやく書籍オンリーの業務体制になったとのこと。

井口さんの場合、実務翻訳と出版翻訳で文体や訳し方に違いがないというところも勉強になりました。わたしはまだ、どっちかに引きずられる傾向がありまして、堅く訳さなければならない案件なのに訳文が平易になりすぎたり、1か月まるまる実務翻訳の案件で通して、さて書籍、とエディタを立ち上げたら、訳文がどうも違う……と、何度も書き直したりする効率の悪さ。実務か出版か、どちらかを諦めたらうまくいくのかなー、と考えることもあるのですが、どちらにも未練たらたら。もうこれは場数を踏むしかないんでしょうね、わたしの場合。

井口さんのお話は別の場で何度かうかがっていたので、今回は、松丸さとみさんがどんな質問をされるのか聞きたくて参加しました。事前に綿密な打ち合わせをされたのでしょう、松丸さんの質問は的確で、誰もが知りたいと思っていたことばかり。実は(こんなことを聞いてみたいな)という質問をいくつか用意していたのですが、ぜーんぶ松丸さんが聞いてくださいました。

おふたりとも、しゃべりで噛むことなく、考えこんで中断することもなく、対談形式のトークショーの見本のような90分でした。松丸さんは翻訳界の阿川佐和子を名乗ってもいいかもしれない。その後の懇親会でも名司会者ぶりを発揮された松丸さんですが、訳書はすでに数冊あり、ニュース翻訳者としてもご活躍、ライターとして複数のメディアで執筆されています。

印象に残ったのは、井口さんがおっしゃった「60代はわがままな翻訳者でいたい」という言葉です。相手に迷惑をかけたり不快感を与えるわがままではなく、「自分の人生を自分らしく生きます、好きなことしかやりません。でも、訳したものは、誰からも突っ込まれないクオリティーの高さをキープします」という宣言だと受け取りました。

かっけぇなあ。

60歳になったとき、自分はどんな翻訳者になってるだろうか。あの日からずっと考えています。



翻訳祭レポート、以上です。明日からは絶賛初校ゲラ祭&合唱本番前歌祭に突入しますので、更新が少し途切れるかもしれません。

Gravity_Heaven

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