子どものころから、低くてよく通る声をしていた。

子どもらしくてかわいらしい声とはほど遠く、音楽の時間は嫌いだった。縦笛も吹けるしピアノだって弾けるのに、野太い声を教師は嫌った。


本人は決してでかい声を出しているつもりはないのだが、ちょっとしたことでも教室中に響き渡る。たしか、リレーに誰がどの順番で出るかを数名で決めていたときだったと思う。足の遅いわたしがなぜそんな相談事に加わっていたのか、さっぱり記憶にないけど、とにかく数名でヒソヒソやっていた。

「うん、○ちゃんは2番でいいよね」

クラス全員がわたしに注目した。決して大声を出したつもりはない。だが、○ちゃんをリレーに出すこと、しかも2番目に走らせることが公になってしまった。

密談のメンバーはよっぽど腹が立ったのだろう、その年の年賀状に「ことしは声を小さくするようにしてね」と書いてくる子もいれば、卒業式のサイン帳に「Heavenちゃんはもっと声を小さくしたほうがいいと思うよ」と書いた子がふたりいた。

声がでかいんじゃなくて、通るんだってば。


成長するにつれ、声質をコントロールすることを覚えた。女子らしく甲高いおしゃべりをする声、アニメ者、SF者とハイスピード・ハイテンションで話す声、大勢を前に、マイクを使ってしゃべる声。社会人になると、会社勤めの“おんなのこ”に求められる声も会得した。少し高めの「毎度ありがとうございます。××株式会社でございます」と、電話に出る声だ。

会社をやめて、どんな声を出してもよくなった。地のままでいてもいいのだ。

で、相変わらず、低くて通る声なのに変わりはない。満員電車やバスを降りるときには野太い声で「降りま~す、降りま~す」を連呼すれば、まるでモーゼが海を割ったかのように人がどいてくれる。

ただ、加齢のせいか、ここ数年どんどん低くなっていくような気がしてならない。いま、とある合唱団で歌っているのだが、テノールは楽勝で出るし、下手するとバスの、かなーり低い声まで出る。カラオケでは男性のレパートリーのほうが声が出やすい。


そんなわたしのお気に入りの一冊は、アーナルデュル・インドリダソンの『』です。天使の声のようなボーイソプラノで一世を風靡した男の悲しい人生が語られます。インドリダソンの作品では、これが一番好きかもしれません。

Gravity_Heaven

Twitter ID:Gravity_Heavenこと、翻訳者安達眞弓のオフィシャルサイト。 本と音楽と映画とドラマと なんだかんだ。